ステンドグラスの歴史19-20世紀

ネオゴシック運動によって復活

ネオゴシック運動によって復活

19世紀に入ると、ステンドグラスが力を取り戻し始めます。ネオゴシック運動によって、再び中世の美術を重要視する動きが生まれました。

1840年からは、再び目覚しい発展を辿り、忘れ去られていたテクニックが復活します。当時のステンドグラスの絵付け技師達は、過去のステンドグラスのテクニックを頼りに、見事にステンドグラスを蘇えらせました。

一部の職人達は、16世紀頃の写実的なステンドグラス(1ピースが大きくて、エマイユなどの顔料を施したもの)を好み、一方では12世紀や13世紀の細かくガラスがカットされたステンドグラスを好んで取り上げ、それぞれ好みの時代のテクニックを参考にしたそうです。

19世紀後半は、古いステンドグラスの修復も活発に行われ、赤のフラッシュガラスやエマイユ顔料の技法も復活を遂げることができました。(写真:エトルピー教会の19世紀ステンドグラス。当アトリエで修復したもの)

アールヌーボーの時代―装飾的芸術として

アールヌーボーの時代―装飾的芸術として

1900年ごろからは、ステンドグラスが個人住宅などの建築物に登場します。植物をモチーフにした鉄のアートや家具とともに装飾的に用いられるようになります。アールヌーボーのスタイルです。

住宅だけではなく、公共建築物や産業建築物にも取り入れられ、階段の吹き抜けや、看板、ドーム、天井などにステンドグラスが取り付けられました。第1次世界大戦時には一時的に生産がストップしたそうですが、1920年からは急速に復活したそうです。

アールヌーボーのスタイルで、有名なステンドグラス作家といえば、フランス人のジャック・グリュベール(1870-1936)があげられます。

余談ですが、私(松田日出雄)がステンドグラスを志して今日があるのは、ジャック・グリュベールの息子さんである、ジャン-ジャック・グリュベール氏のアドバイスがあったからです。当時は、彼のお父さんがそれほどまでアールヌーボーの運動に参画していた偉大な工房とは思いもよりませんでした。(写真:ジャック・グリュベール作。ナンシー派美術館。)